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モケーとエーガ 戦闘同人ブログ

模型と映画ネタ中心にアレしたりいろいろとゴニョゴニョ

 
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今年の厨二的総括

 多くのかたが中学生の頃「おれが考えた格言」をノートに書き連ねていたことでしょう。ときどきそれを自信たっぷり友達に披露したときのことをふと思い出して、布団の中で身悶えしますか?

 幸いわたくしはノートにオタク絵ばかり描いていたので、その恥ずかしい経験は回避できました。え?そのほうが恥ずかしいしイタいだろうって?
 そうかも知れませぬ。まあとにかく、世の中には子供の頃からずっと自然体という人もいて、気負いもなくなんでもこなせたりしてうらやましい限り(いや身近にそういう友達がいるならうらやましいとか言ってないで大切に友情はぐくめよ!?まじで)ですが、わたし自身はそういうスキルはついぞ身についたためしがありませんでした。きっと若い頃自分大好き過ぎたのでしょう。とはいえ俺はいずれ立派な格言を生み出す、となんの根拠もなく確信していた微笑ましい時期の思い出だって、ほんのちょっぴりでもプラスとなったかもしんないですよ?なんにプラスしたのかよう分かりませんが(笑)


 とはいえ年齢を重ね経験を積むと、そのての感覚は鈍くなって、今ではほとんど羞恥心も感じません。むしろどんなたわごとでも書いて堂々とブログにアップできるようになりましたとさ。
 
 そんなわたしも、その経験から時折信念めいた言葉を内に秘めるようになりました。むろん名言の類ではありませんが世に知らせてもとくに害もないから書いてみましょう。そのひとつは、

 人によってはコロコロコミックからでも人生のなんたるかを導き出せる。いっぽうで広辞苑を読んでも言葉ひとつ覚えられない奴も居る。

 そして

 読んだ本の冊数と友達の人数を数えてはならぬ。

 というものでした。
 読書にまつわるものばかりです。書いてみるとなんだかあやふやというかイミフ。そこはかとなく読書人としての上から目線も滲み出ているような……これはきっとリア充経験に乏しく本で読んだ知識に偏っているためでしょう。なんとさみしいことよ(涙)
 しかし人間、手持ちのカードで勝負せねばならぬ。
 不惑の歳を迎え(17歳と289ヶ月)ながらまだまだ迷いが捨てきれませんが、だれかを師と仰いで精神的に依存したり、ひたすら謙虚にへりくだるばかりでいるのにもいささか違和感を感じる今日この頃。気がつけば人の上に立ち牽引役を買って出るほうが自然な年齢でした。いままでそうゆうのはしんどいとずっと思ってましたし、そんな器になった覚えもございませんが。
 なんかこれ以上書き連ねると薄気味悪い私小説じみてくるのでそろそろやめとくとするか。まあせいぜい今年の最後は自信満々威勢よくこう言い捨てて締めたいです。

 「これで、いいのだ!」

「宇宙の戦士」感想文つづき

 そういえばリボルテック版強化防護服はどうなったのだと思いつつ「宇宙の戦士」評らしきものの続き。

 文庫版巻末で紹介された「論争」は今となっては不毛な意見ばかりだった、というのが前回の結論だったような違ったような。
 とはいえ作品に対する評価自体はそれぞれ意外と的を得ている。中でもひとついい線いっていたのが、オーウェルの「1984年」になぞった書評。
 「宇宙の戦士」を一種のディストピア小説として捉えると、結構しっくり来る。

 だってちょっと考えてみても、クモ戦争はジョニーが志願したあとに勃発しているのである。じゃあデュボア中佐殿やホウ軍曹はどこで負傷したんだ? と疑問がわく。それに強化防護服を最新流行服(ファンシィスーツ)と称してるとすると、ひと昔前はいったいどんな装備でカプセル降下していたのか。

 物語中の人たちはスタートレックTNGなみに行儀よく、ピューリタン天国のような牧歌社会が形成され、犯罪は撃滅しているが、それは元軍人によって運営される管理社会で社会逸脱者に厳罰を処しているからだ。
本文中でも少なくとも四度の宇宙戦争があったと記述されているけど、異星人との戦争はクモと痩せっぽち相手が初。つまりそれ以前は人類同胞に対して武力を行使していたことになる・・独立したがってる宇宙植民地をたたきのめしたとか?

 それにしても「実戦を経験した候補生でなければ士官に任官できない」というハード過ぎる機動歩兵のルールは、ずーっと戦争状態が続いていないと成り立たないじゃないっすか。地球連邦って国家社会主義体制なんですか(映画ではズバリそのものだったが)?

 困ったことに「宇宙の戦士」はひねくれた読み方のほうがSFとして精彩を帯びるのだが、そんな読み方ができるハインライン作品はこの一作だけだ。異例である。変わってる点はほかにもある。
 その一例は時系列が前後していること。ハインライン先生の長編で構成に倒置法を取り入れているのはたしか、「宇宙の戦士」と「夏への扉」だけである。

 さらに、ハインラインの描く若い主人公はほぼ全て数学か何か、天賦の才の持ち主なのだが、ジョニーだけは特別な才能が与えられず、いくら頑張っても勉強が追いつかない。これはハインライン印のジュブナイルをある程度こなした人でないとわからないが、非常に珍しい例外なのである。

 ジョニー・リコ入隊時にはたくさんある兵科の一部門に過ぎなかった陸軍機動歩兵部隊が、後半では文脈的に、地球連邦軍には海軍と機動歩兵しか存在していないような描かれ方に置き換わってしまっている。「歴史と道徳哲学」は退役した機動歩兵でないと教える資格がないかのようだ。

 「機動歩兵では全員が戦うのだ」という理想的軍隊を描いたつもりの設定は、「余計な仕事は民間人を雇う」「強化防護服の整備担当は海軍士官」「傷痍軍人にも働いてもらってます」とした時点であっさり破綻している。
最後のとどめが、誰でも最初に読んだ際には違和感を覚えたであろう、ジョニーのパパの機動歩兵入隊エピソードである。こと家族構成に関してはきわめて独特な描写が多い先生のことであるにしても、これだけは今でもホントに必要だったのかと思ってしまうのだが……。
 その他にもジョニーの鞭打ち五回隊内処分の話など、とっさの思いつきで付け足した的エピソードが散見される。

 だが、こうしたツッコミどころにもかかわらず、「宇宙の戦士」の面白さは揺るがない。ヒューゴー賞受賞四作品のうち「宇宙の戦士」には、やばい創作の神様が降臨しているのである。
 第七章で「もうこれ以上、新兵教育について話すつもりはない」と言い切った直後からまた何十ページも続け、少年犯罪と厳罰についてなど長々と意見を述べてたり・・明らかに、「宇宙の戦士」執筆時、ハインライン先生の筆は抑制を欠いている。後半に行くに従って当初意図したものより内容がどんどん膨らんで、コントロール不能な霊感に突き動かされ「書かされている」感が伝わってくる。

 もともとクリスマス恒例のジュブナイルのつもりで書いた作品がそのように華麗な変容を遂げ、読み終えた編集者ジョン・キャンベルを過激すぎる内容でビビらせた。にもかかわらず無事世に出た。作品のオーラがそうさせているとしか思えない。だから細部が破綻していてもさしたる問題と感じないのである。そして矢野先生が文庫版結びに「この作品が未来への遺産として残るであろう名著であることは間違いない」と予言したとおり、いまも装いを変え版を重ねている。

 わたし自身毎年一度は読み直し、いまでは第一章を読むだけで涙ぐむほどだ・・読むたびに脳内で再生される映画「オレが考えた宇宙の戦士」がカッコ良すぎて感動してしまうためです(笑)

【TRON レガシー】観てきた ※ネタバレ御免

 復帰第二弾もやはり、映画秘宝でまったく事前に取り上げられることのなかった映画である。嫌な予感がしていた。
 それにしても【レスラー】のあと【アイアンマン2】に出たミッキー・ロークといい、アカデミー主演男優賞獲得したばかりのジェフ・ブリッジスといい間が悪いというか……。

 日テレちゃんも新橋に派手なイルミネーション飾っているわりに、関連作品として【TRON】を放送するわけでもなく。
 それどころかCSのディズニーチャンネルでさえ【TRON】をスルーしてるじゃないか。UMDでしか手に入らない日本語版【TRON】をせっかく音源があるのにこういう期に放送せんでどうするか!?困るじゃないか!!お詫びとして【ブラックホール】Blu-rayで発売してよね!?

 と、言いたい放題してみましたがと。

 ひょっとして【TRON】てくそつまんね~映画じゃんとバレてしまうのを恐れたのかな?
 いやいや【TRON レガシー】のほうがもっとつまんないし美術センスがオリジナル以下じゃんとバレてしまうのを恐れたのかも!?

 だがひとつ感ずるところがあったのもまた事実。

 80年代後半~90年代末まで、ある種の映画は、現代の最新テクノロジーや今までみんなが知らなかった情報をお話にうまく絡めることによって、洗練された作品をこさえることに成功していた。例えばジェームズ・キャメロンの諸作や【ダイハード】とか、【レッドオクトーバーを追え!】。それまでの紋切り型のキャラクター造形を捨て、専門家の指導を受けた俳優たちが銃の持ち方からなにから改め、科学者役ならよりそれっぽく正しい専門用語をしゃべり、といった具合。日本なら【劇場版パトレイバー】や【平成ガメラ】など。専門組織に取材したりして、それこそ一昔前には、脚本家がテキトーに思いついたデタラメなディティールでお茶を濁していた部分をしっかり書き込むことによって、マニアックさと娯楽性を兼ね備えることに成功していた。

 それまでは客でも嘘っぽさを見抜けてしまうほどお粗末なディティールの映画がたくさんあったのだ。【大空港】とか、東宝特撮映画を観れば一目瞭然。【TRON】も後者だろう。我が国ではまだNECのPC-6001Mk-Ⅱが現役で、雑誌「ポプコム」に掲載されてたデータを入力してラムちゃんのイラストを描かせたりして喜んでた時代に、コンピューターネットワークを扱ったり、あまつさえ各種プログラムをキャラクターとして描くなど、何年も先を行く映画だったのだけど、行き過ぎてストーリーに組み込めきれなかったというか。
 そういった点を反省したのが80年代末。

 そしてゼロ年代を迎え、どうなったかというと……アメリカ人さえテクノロジーの発展の行く末がよく分かんなくなっているらしい。【TRON レガシー】を観るとそれが伝わってくる。30年経つと、ああこう進化してるのか、という具体的な描写が一切なかったのである。アメリカ人も大好きなネットやビデオゲームのお話なのに、「わーアメリカってここまで行っちゃってるんだ」と感心する余地が全然無いのである。

 お話は、もはやハリウッドでも垢にまみれた、パパと息子の葛藤にすり換えられてしまい、そこにわけが分かんないネット知性(どこから湧いたか知れない漂流民族)みたいなのが絡んでくる。なんだソレ!?攻殻!?

 というわけで☆☆☆☆★でした。それにしてもシド・ミードとメビウスがいないだけでこうもビジュアルセンスが劣化するものかね! 

バンダイ1/500宇宙戦艦ヤマト2

 バンダイのプラモデルというと、本来共通ランナー二枚で済むとこなのにわざわざ数ぶん金型掘っちゃって、というキットが多いのだが。
 最近だとガンタンクの転輪とかVガンダムのコアファイターとかね。貧乏性が染みついたスケールモデラーから見るとなんだか無駄っつうかもったいないというか……たしかに、共通ランナーが二枚三枚あると微妙にモチベーションが下がるというか、どんくさい印象はある。だがそれだけの理由で、一枚で済むパーツを二枚ぶん金型掘るかね?
 推測に過ぎないけど、恐らく自社内開発による金型彫りの悲しさなのであろう。最盛期から減少した製品ぶんの仕事量を補うため、パーツを増やして仕事を社員に配分するため、わざわざ金型を掘る手間を増大させているのだ、としか思えない。

1/500 宇宙戦艦ヤマト (宇宙戦艦ヤマト)1/500 宇宙戦艦ヤマト (宇宙戦艦ヤマト)
(2010/12/05)
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超合金魂 GX-57 宇宙戦艦ヤマト (初回特典付き)超合金魂 GX-57 宇宙戦艦ヤマト (初回特典付き)
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1/350 宇宙戦艦ヤマト1/350 宇宙戦艦ヤマト
(2007/01/27)
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 ところが1/500ヤマトは、バンダイにしては珍しく、じつに実際的常識的に共通ランナーを多数備えているではないか。今回のプラモ化に際し、いかに肩の力を抜いているか伝わってくる。パーツ点数も手堅く無駄なくまとめられている。
 その副産物として主砲は四基手に入るので(金属シャフトまで親切に四本セットされているが、これは主砲が土台に乗っけるだけの構造なので、脱落して無くしたときの配慮か?)、大ヤマトとか改造するの楽だし(そんな奴いるかはともかく)、俺版二番艦こさえるときは艦底にも主砲装備できちゃうぞ!なんとお得なことでしょう!
 
 R3の時のような気負いが無いぶん、息の長いシリーズとして次回作発売にも期待できるとおもいませんか。値段もアンドロメダを9,800円と設定してから逆算したとおもいませんか?
 酷評は朝霞のズォーダーに任せたのでわたしは明るい面に着目しましょう。製品全体的に可も不可もなく余計なディティールも最低限しか奢らず、という作りもこう考えれば納得できます。今回のプラモはHGなのだ。売れたらマスターグレード化するんだよ!マスターグレードは何年かまえに五万円の出したろ~!?というツッコミは無しの方向で。

 しかし並べてみると各製品でかくもルックス違うのね。

 そういうわけで組み始めたのだが……気がついたら艦橋がバラバラに。
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 文脈上素組するんじゃねえのか!?と問われればそんな事言った覚えありません。
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 艦橋と主、副砲の基部を削ってタッパを低くしてみたナリよ。あんまり印象変わらなかったけど。

バンダイ1/500宇宙戦艦ヤマト

 ……やっと、パソコンが直った。なんとマザボのボタン電池がお粗末君なだけだったという拍子抜けなオチでした。アンディ常連のパソコンの偉い人に聞いたら即直りました。修理代220円。もんじゅさん大感謝!!!

 だから前回のエントリは実家の母親のパソコンで書いてたのである。情けね~(涙)ていうかブログの内容ばれたらそれこそ親に泣かれちゃうじゃんよ。


 などと書いていたら、テレビから映画館の収益が過去最高というニュースが飛び込んできましたわい。このところ邦画がずっと好調だが、プラス【アバター】や【アリス】のスマッシュヒットが底上げした結果か。
 【実写版ヤマト】もその一因だったりすんのかなぁ?
 
 とにかく結論から申すと今回のヤマトは通信士相原がいちばん可愛い、ということで須賀さんとコンセンサスを得た。相原ちゃんたら通信士なのにレーダーも担当という苦労人である。しかも本編中ではまず視認したのちレーダーで確認という、無駄にオリジナルらしい演出がまかり通っていたため、なんの役にも立たなかったポジション(泣)
 それはともかく、須賀さんというのはわたしの高校の先輩である。
 その須賀さんと越後屋ひろぽんさんと一緒に、新宿ピカデリーまで観に行ったのであった。
 その節はたいへんお世話になりました。一人で見るのはいろいろな意味で堪えられないと思っていたので、これは助かりましたね~。須賀さんと越後屋さんは初対面ながらヤマトその他の話題ですぐに意気投合されてました。さすがヤマト(?)

 でもって二番目のお気に入りは高島礼子演ずる佐渡酒子(←命名俺)。 高島礼子はたしか日本酒のCMにも出演していらしたと思うが、本編中で抱えてた酒が「清酒美少年」だったらおじさんドキドキしちゃったですよ。なんだか言ってることが意味わかんないですが。


 前回さっくりとキムタクヤマトを駄作扱いしていたが反省はしていない。【惑星大戦争】だって【ガンヘッド】だって駄作だけど愛くるしさに陰りはないから、まあいいじゃねえか。
 むしろ世の中、しかも個人的に関心の高い出版メディア映画業界がヤマトでくよくよしている場合ではないほどカオス化の様相を深めているではないか!!
 「ノルウェイの森」なぜかベトナム人監督と韓国人脚本で映画化とか。
 水嶋ヒロのくだらない本を映画化とか。
 「トイレの神様」映像化とか。
 若い頃ちんこのことばかり書いていた老害都知事によるマンガとアニメ規制とか。野放しのネットと小説はノーチェックだそうな。子供が接しないからなんか?ばかなの?しぬの!?
 
 『KAGEROU』も都知事の著作も読んでないので本来批評すべきではないかもしれないが、おいら、流行り物は普段読書しない人が手に取るものと考えてるひねくれ坊主だから『1Q84』も『サラダ記念日』も読んでません。
 あぁ、篠山紀信の樋口可南子写真集は買うたけど。アレは損したねえ。
 
 
 前置きが長くなったけどやっとバンダイのヤマトについて、と思ったところで次回につづく。

【SPACE BATTLESHIP ヤマト】観てきた

 ヤマトの諸君。
 最初に断っておくがヤマトの内容そのものについてけちをつけ始めたらキリがないのでやめておく。
 実写だしキムタクの映画なんて、と拒否したとして、同じくらい駄作の【完結編】や【復活編】はどうなのよ?となんだか深刻な二律背反が生ずる気がするのでな。
 なんだか無理して擁護している気もするがわたしも色々と折り合いがつかないのだよ。二年連続で劇場版を観れただけでも奇跡ではあるし、おまけに新作プラモまで発売したんだからそれでよしとすることにしようではないか。文句言わずプラモを組むのだ。完成していないキットなぞ石のタヌキだからな!

 それにしても。
 予告編から速くも隙を突かれたかっこうである。おもわず笑うしかなかったです。マンガのコマ完コピの【GANTS】に、これまたちばてつやの絵を完全再現した【あしたのジョー】ですがな。新春スターかくし芸大会が始まったかと思ったよ。
 たしかにね、いま映画をこさえている人たちは、かつて先達によるご無体な原作クラッシュを経験した連中かもしれん。おれも散々そういう映画やアニメに文句行ったから気持ちはわかる。果てしなく原作を再現することによって満足感を味わい、かつクレームを招くことを避けることにもなろう。じゃがしかし、度を越せばギャグにしかならぬ。
 その点、本編の【ヤマト】はまだ抑制が効いておった。マンガ原作の邦画を観ると時々、「この脚本家マンガを読み込む知能もないんじゃないか?」とおもうことがあるが、今回はそれほどひどくはなかった。予算の都合から来る限界を踏まえ手堅くちんまりまとめていた気がする。首をかしげるような理不尽な展開も、まあなかったような気がする。それで良しとせねばならぬのも嘆かわしい話ではあるとはいえ。

 とにかくもう一回か二回観てみないと冷静な評価が下せないのは確か。【復活編】がむしょうに観たくなったり、嫌な(笑)副作用も発生している。げにおそロシアヤマト。朝霞のドメル将軍ディックさんなどあれだけ文句ブーブーなのに、早くもプラモを完成させてしまったという。おいらはスローライフでロハスなヤマト生活を送りたいので、映画の批評も引き続きダラダラ続けながらプラモをこさえようとおもいまつ。

唐突に書評

 なぜこんなに唐突にかというと、入院中こんな事ばかり書いてたからであった(笑)

 大好きな欧米の映画や小説で、日本国内において面白いくらい長期間、正当な評価が下されなかった作品が二点ある。【2001年宇宙の旅】と「宇宙の戦士」である。
宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))宇宙の戦士 (ハヤカワ文庫 SF (230))
(1979/09)
ロバート・A・ハインライン

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 今回は「宇宙の戦士」について。
この作品に長い間ごく冷静な評価が下らなかった原因は、文庫版巻末を読めば一目瞭然。矢野徹先生のポケット版訳者後記に端を発した「ファシズム論争」によって、変にバイアスがかかったせいである。
その評価を要約したら、「時代錯誤のアメリカ帝国主義を賛美するおじいさんの安い哲学と説教。二次大戦から進歩してないカビの生えたSFセンス」という感じであろうか。
 少なくともヒューゴーウィナー四作品中、日本では一番マイナスイメージをもたれた作品であったと思う。ただし国内のハインライン作品ではいちばん版を重ねているという事実もあるので、その分アンチも多いだけなのかも。

 この文庫版巻末、あらためて読むと、ポケット版が発売された六十年代の不穏な空気・・サヨク系インテリゲンチャがモテ期だった頃の、ギラギラした別世界の日本が横たわっている。その趣旨は、SF作家たるもの作品につまらない思想をもりこんでけしからん、いやファシズムSF小説くらいでガタガタぬかしてんじゃねえよ、というツンデレ論争であった。みんなちゃっかり読み込んで心に引っ掛かったから感想を寄せてるくせに、おとなげない(笑)
 そこに書かれた投書の数々に「思想」とか「哲学」なんてムツカシソーな言葉が盛りこまれていたため、1977年発売の文庫版から入ったわれわれ・・強化防護服のイラストにシビれジャケ買いしたガンダマーな小中学生はみんな困惑した(よね?)。初めて本文を読んだ際の印象が「期待した内容と違ってて戦闘シーンとか無いしガンダムほど面白くないなー」だった(でしょ?)。でもって尻切れトンボな結末(最初はそう思ったんだよ!)に当惑しながらあとがきに目を通すと、あの内容である。論争の文脈は漠然と理解できただけで、なんとなくハインライン先生ってガチファシストの説教おじさん?という疑念を刷り込まれてしまった人も多かろう。

 けどそれがわたしに関する限り「疑念」で踏みとどまっていたのは(危険物という最終判断を下して本棚のゴミにならずに済んだのは)、ひとえに本編から伝わってくる「熱量」、プロパガンダ的インチキ臭さとは無縁、と直感に訴えかけてくる、なにかがあったからだ。本物の手応えとかなんとかっていうの?
 それ以前に読み通した一番分厚い本は「ダーティペアの大冒険」(280ページ)という中学一年生にメッセージは伝わった。パワードスーツの活躍シーンはほんのチョビッとだしヒロインが坊主頭だけど、一生懸命読み込んで理解しなければならない大事なことが書いてあるのだ。もっかい読まなきゃ!!!・・ジョニー同様読者にも難関(やま)が設定されていたのである。
げに恐ろしきはハインライン先生(あんたの読解力が拙いだけやんて?)。

 で、時が過ぎ、上に書いた一般的評価がいつのまにか覆っていることを確認できたのが、SFマガジン98年のハインライン特集号。いわく「宇宙の戦士」に盛り込まれていたのは思想や哲学というほど大層なものではなく、ハインラインの素朴な信念に過ぎない、という部分。
わたしもこの評価でぴったりだと思います。

 じつはよく読めば、同様の評価がすでに、文庫版巻末の読者投書で下されている。けど当時は一歩あらぬ方向に進んで、そのファシズム傾向(とやら)をやたらと危険視しちゃったのが脱線の始まり。その後の長期間の不当な評価のきっかけなのだが、当時は冷戦たけなわでベトナム戦争の真っ最中、思考が硬直するのも無理もない。「安易なファシズムを無反省にうのみにするおそれのある中高生クラスの読者への老婆心」伝々という、いまの日本の教育をダメにした思考の雛形が垣間見れる言葉も飛び出して興味深い。
 でもそうした論争が巻き起こった、という事実そのものが、ヒューゴー賞受賞作のポテンシャルってもんなんじゃないすかね。
 SFマガジンで世紀末にハインライン特集が組まれたきっかけ・・【スターシップトゥルーパーズ】映画化にしてからが、アメリカは嫌いだけどアメリカ製おっぱい大好きというポール・ヴァーホーベン監督のアンチファシズムに端を発している。
 映画版の確信犯的原作レイプぶりときたら、癇癪を起こした中学生レベルの幼稚さでちょっと残念であるが(我が国はもっと酷い映像作品を作ったけど・・)、その嫌悪感は文庫版巻末でファシズムを警戒してる人たちに通ずるものがあり、もしかすると本国での評価も日本と似たり寄ったりなのかなと思ってしまう。ただしブッシュ政権下のアメリカではその後【スターシップトゥルーパーズ】をベースにしたカートゥーン(こちらは宇宙海兵隊が普通に活躍する話)が制作されたりしてるのが日本との大きな違い。

 つまりそれもこれも、ファンもアンチもみんな気になって仕方ない作品てことなんだよねと綺麗にこじつけたところでなんとなく次回につづくナリよ。


 追伸/リンク先のAmazonカスタマーレビューもぜひ目を通していただきたい。文庫巻末の書評と比べると、日本人も進歩してるってわかります。

イースターシーズン

 というわけで、ながらく療養のためお休みしていたブログ復活しました。

 まずご報告。
8月中旬から徐々に体調を崩し、あまりにもお腹が張って息苦しいため地元の腎臓内科に通院したものの、わずか二週間で体重が五キロも増えていると判明(実際には平均体重よりひと月あまりで十キロも増えていた)すると、「紹介状書いてあげるから、明日すぐ日本医科大学病院に行ってね」と命じられ翌日九月二十一日、ついに入院かましまして、まず腎臓の病気、水分や蛋白が体内に蓄積されてしまう「ネフローゼ症候群」と診断がくだりますた。それにキドニーもちょっぴり鬱血してるし(奇跡的にフォアグラにはなってなかった)心臓も拡張してますね、という。
 ところが血液の凝固能力も低下してるから、体内にプチっとワイヤーを通して組織サンプルを取り、体調不良の正確な原因を確定するという作業(人読んで腎生検)ができない・・

 しかもである、入院後10日あまり経過したところ、「あー、やっぱりちょっと腎臓より心臓のほうがずっと深刻ですねぇ・・腎臓内科から循環器内科に移りましょう」というお達しが!つうか心の臓ってマジでーっ(泣)
 実際にめんと向かって「あんた心不全だよ」と告げられるインパクトたるや完全に想定外でした。
こんときはさすがに人並みに落ち込みましたネ~。
もうちょっと堂々人生に向き合ってると思ってたけど、いざとなると小心じゃん俺(正直それを思い知ったのが一番ショック)。
 腎臓内科時は外出許可が降りていたのに、心臓になった途端ダメになり(おかげで九月二十四日のブログ更新が最後になった)そして二ヶ月にわたり建物の中に閉じ込められる生活&治療がはじまったのである。
 そしてこのたびやっと退院、と。

 詳しい経過や検査や病状に関しては、愉快な話でもないのであえて書きますまい。とりあえずやや食事等の制限が発生したものの、その制限さえ厳守すれば大丈夫、という程度に回復した次第。ガテン系の仕事ではないので、実際にはほとんど入院前の状態に近い生活に戻れました。

 ブログ休眠中励ましの拍手をポッチしていただいた皆様、携帯で見ていましたが入院中たいへん励みになりました!ありがとうございます。
 そして見舞いにご足労いただいた皆様、唯々感謝です!!


プロフィール

 ながと

Author: ながと
今年こそ無慈悲に……いやそれだと狼少年みたいだからやめよう。

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